大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和62年(ヨ)1139号 決定 1987年8月21日

申請人 待野洋二 外一名

被申請人 アヅミ株式会社

主文

一  申請人待野洋二が被申請人との間で雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  被申請人は、申請人板垣利男に対し、金一四〇万円及び昭和六二年八月以降本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月二五日限り金二八万円を仮に支払え。

三  申請人板垣利男のその余の申請を却下する。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  被申請人は、申請人らを被申請人の従業員として仮に取扱え。

2  被申請人は、申請人板垣利男に対し、昭和六二年三月以降毎月二五日限り、一か月金二八万一一七三円宛を仮に支払え。

3  申請費用は被申請人の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件申請をいずれも却下する。

2  申請費用は申請人らの負担とする。

第二当裁判所の判断

一  被保全権利について

1  労働契約の締結

被申請人が肩書地に本社及び工場をおき、東京、神奈川、浜松、名古屋、広島及び大分に営業所をおいて、精密切削工具の製造販売業を営んでいる株式会社であること、申請人待野洋二(以下待野という。)は、昭和五一年四月一日、被申請人に期間の定めなく雇傭され、当初は製造部技術課設計係として勤務をしていたこと、申請人板垣利男(以下板垣という。)は、昭和三五年三月二五日、被申請人の前身である株式会社安積製作所に期間の定めなく雇傭され、昭和六〇年六月ころまでは主としてブローチ研削の業務に従事していたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  本件解雇の意思表示

(一) 疎明資料によれば、被申請人は、その従業員を対象として、別紙一「就業規則条項(抄)」記載の条項を含む就業規則を制定し、昭和四四年九月一日からこれを施行したこと及び申請人らは右就業規則の適用を受ける立場にあつたことがそれぞれ認められる。

(二) 被申請人が、申請人らに対し、昭和六二年三月四日、申請人らはいずれも<1>会社の配転命令を正当な理由なく拒否した、<2>違反行為と不況時に身勝手なことを行い、会社の規律と秩序を乱す秩序違反を重ね、尚これまでに改悛の情が全く見られない、<3>会社の業務に対して非協力的な態度をとり会社に対する不利益行為を与えたとして、就業規則六二条等に基づいて懲戒解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

3  本件解雇の効力

そこで、以下、被申請人が本件仮処分の審尋期日において明らかにした申請人らに対する具体的な解雇理由について、懲戒事由該当性の有無及び懲戒権濫用の有無を判断していくこととする。

(一) 待野のみの解雇理由について

(1) まず、被申請人は、昭和六〇年八月二八日、待野に対し、「昭和六〇年九月三日付をもつて向こう三カ月間東京営業所に出向を命ず。その後、北関東営業所新規開設に伴い、当営業所に異動勤務を命ずる」との配転命令(以下待野配転命令という。)を出したが、同人は、右配転命令を無効であるとしてこれを拒否し、被申請人の再三の説得及び業務指示にもかかわらず、東京営業所における労務の提供をしなかつたから、右は就業規則六三条一三号所定の懲戒事由に該当すると主張する。

(2) 待野が前記配転命令を拒否していることは当事者間に争いがない。

(3) しかし、申請人と被申請人の間では、本件仮処分に先立ち、当庁昭和六〇年(ヨ)第四〇二〇号仮処分申請事件(以下第一次仮処分という。)において、同年一二月二七日、「待野配転命令の効力を仮に停止する。」との決定がなされているので、右決定の本件仮処分への拘束力の有無が問題となる。

(4) 仮処分命令は必ずしも慎重な証拠調べを経て発令されるものではなく、しかも疎明のみで足りるのであるから、一般的に先行する仮処分に後行仮処分への訴訟法上の拘束力を認めることには疑問がある。先行する仮処分が任意の履行を期待する仮処分である場合には、特にその疑問は大きい。

(5) しかし、適切な審尋を経たうえで配転の効力を停止する仮処分が出された場合には、右配転命令を拒否したことを理由としてなされた懲戒解雇は、その中身の判断に入るまでもなく、懲戒権の濫用として無効になると解するのが相当である。けだし、審尋によつて争う機会が与えられた当事者は、さらに異議を出して争う機会もあるのであるから、出された仮処分について、仮処分制度の趣旨にも鑑みて、本案確定までの間、あるいは異議訴訟で勝訴するまでの間、できる限りこれを尊重し、少くともその趣旨に反する行動をとつてはならないとの信義則上の義務が生じていると解することが可能であるし、また、もし、先行する配転効力停止の仮処分にもかかわらず、配転拒否を理由として自由な解雇が許されるとすれば、使用者側にのみ当該配転の効力について二度争う機会を与えることになって、極めて不公平な結果を生じることになるからである。

(6) よつて、本件においては、疎明資料によれば、第一次仮処分の手続において、口答弁論を開いて証人調べをなすなどはなされていないものの、一応適切な審尋がなされていることが明らかであるから、待野に対しては、待野配転命令を拒否したことを理由として懲戒解雇をすることができないことになる。

(二) 板垣のみの解雇理由について

(1) 職場放棄と業務命令違反

イ 被申請人は、昭和六〇年六月一四日付で板垣に対し同月一七日から営業業務研修を受けるよう業務指示をした(以下板垣営業研修命令という。)が、同人は、同月一七日には無断欠勤をし、翌一八日からは、出社するも、被申請人の職制の説得と業務指示を無視し、同月末日に至るまで、工場に侵入して機械を作動させ続けたのであるから、右行為は就業規則四五条五号、六号、六三条本文、同条三号、六号及び一三号所定の懲戒事由に該当すると主張する。

ロ そこで、まず、事実関係であるが、本件全疎明資料によるも、板垣が同月一七日に無断欠勤をした事実はこれを認めることができないが、その余の板垣が板垣営業研修命令を一時拒否した等の事実については当事者間に争いがないから、これを認めることができる。

ハ しかし、本件の業務命令違反については、さらにその程度と理由をみなければならない。けだし、就業規則四五条五号及び六号は、本来服務の心得にすぎないのであつて、その違反をただちに懲戒事由に結びつけることは相当でないし、六三条三号及び六号は、別紙のとおり極めて抽象的、包括的な規定であるから、これを制限的に解釈するのが相当なのであつて、同条一三号も正当な理由のある配転命令拒否等を懲戒の対象からはずしているのであるから、形式上は右諸規定に該当する行為であつても、それがさ細な行為である場合や、一応の理由がある場合には、そもそも懲戒事由該当性それ自体が否定されることになるというべきだからである。

ニ そこで、板垣の業務命令違反について、以下その程度と正当理由の有無についてみていくこととする。

a まず、その程度については、疎明資料によれば、板垣は、昭和六〇年六月一四日に板垣営業研修命令を受け取つた際には、これを不当労働行為であるとしてその効力を争つたものの、同月一八日から被申請人の職制と毎日話し合いをし、同月二八日には、異議をとどめつつも同年七月一日以降右命令に従うことを明らかにし、同日以降は、意欲は別として与えられた職務について誠実にその研修を受け、その限りでは成績も優秀であつた事実を認めることができるから、そもそも業務命令違反の程度それ自体はあまり高度のものではなかつたというのが相当である。

b また、板垣が板垣営業研修命令を拒否した理由については、疎明資料及び審尋の結果によれば、同人は、昭和五八年九月から同五九年八月まで、アヅミ労働組合(以下アヅミ労組という。)において、同労組執行委員長となつた待野を補佐し、その副委員長として、合理化反対等をめぐつてかつてない激しい労働組合運動を展開したものであるところ、申請人らが同労組の執行部役員を退いた直後である同年一一月八日には、待野に対し九州営業所への配転の内示がなされ、同人がこれを断つたところ、同月九日にはやはり同労組執行委員として積極的に組合活動を行つていた件外藤島繁に対し、同営業所への配転の内示がなされ、さらに同月一二日には待野に対する組合員資格の喪失を伴う営業技術部専任係長への配転及び昇格が、同六〇年一月一六日には板垣に対する浜松営業所への配転が相次いで内示されたうえ、板垣営業研修命令は、アヅミ労組との協議もあり、板垣の浜松への配転が一度留保された後になされたものであつて、板垣としては、浜松行を撤回したのであれば何故に営業研修を受けなければならないのか、その意義を十分に把握できないまま、その内容や期間について十分な明示を受けることなく、被申請人の職制から営業研修に従うようただ迫られた事実を認めることができるのであるから、右のような経緯に鑑みれば、板垣が板垣営業研修命令を不当労働行為であると考えてこれを一時拒否したことにはそれなりの理由があるというべきなのである。

ホ よつて、右の程度とその理由に鑑みれば、被申請人の主張する板垣の業務命令違反と職場放棄は、板垣営業研修命令の効力について判断するまでもなく、そもそも、懲戒事由該当性がないことになる。

(2) 業務命令違反と不誠実な勤務態度

イ 次に、被申請人は、昭和六一年六月二四日、板垣に対し、同日付で本社での営業を命ずる旨の業務命令を行つた(以下板垣配転命令という。)ところ、同人はこれを拒否し、その後、懲戒処分を免れるため、被申請人の指示のある業務はこれを行つているものの、営業部員として、取引先と接触し、受注をとる等積極的な営業活動は一切行つていないから、右は、就業規則四五条六号、六三条本文、同条三号及び一三号所定の懲戒事由に該当すると主張する。

ロ しかし、疎明資料及び審尋の結果によれば、板垣は、板垣配転命令を受けた当日から、異議をとどめつつも営業勤務に従事をした事実を認めることができ、本件全疎明資料によるも、板垣が右配転命令を拒否したとの事実は認めることができないから、右はそもそも就業規則六三条一三号その他の懲戒事由たりえない。

ハ また、疎明資料及び審尋の結果によれば、板垣は、得意先を回って受注をとる等の積極的な営業活動は行つていないものの、係長などの指示に従つて、見積書や手配指示書を作成したり、台帳を整理したりするほか、納品や引取、集金を行うなど与えられた業務については、誠実にこれを行つていた事実を認めることができるから、被申請人の営業部員らは、板垣が板垣営業研修命令及び板垣配転命令を不当労働行為であるとして争つていることを知つている関係等もあつて、板垣配転命令発令後も、同人に積極的に営業活動を行うことを期待せず、そのための体制も組んでいなかつたという事情を考えれば、板垣の前記のような勤務態度は、これをもって、就業規則六三条三号その他の懲戒事由にあたるとはいうことができない。

ニ よつて、板垣の業務命令違反及び不誠実な勤務態度の主張については、板垣配転命令の効力について判断するまでもなく、そもそも懲戒事由該当性それ自体が認められないこととなる。

(3) 食堂の無断使用

イ その他、被申請人は、板垣が、昭和六一年三月二二日の午後四時四五分ころから同日午後六時五〇分ころまでと、同月二九日午後五時ころから同日午後六時ころまでの二回にわたり、被申請人の食堂を、その許可を得ることなく、被申請人の使用禁止の業務命令に反して無断で使用したから、右行為は就業規則四五条六号、六三条本文及び同条八号所定の懲戒事由に該当すると主張する。

ロ 疎明資料及び審尋の結果によれば、板垣は、被申請人の主張する日時に、その食堂を、第一回目には被申請人の使用不許可の指示に反して、第二回目には無断で、いずれも、アヅミ労組を脱退した後昭和六一年三月一三日に待野らとともに結成した全大阪金属産業労働組合アヅミ分会(以下分会という。)の集会に使用したものであることが明らかである。

ハ しかし、疎明資料及び審尋の結果によれば、被申請人の食堂は、従前、事前の届出をなすことにより、アヅミ労組やその他のサークルの集会に比較的自由に使用されてきたものであるところ、本件においては、勤務時間外であり、かつ、食堂の営業時間外に行われるわずか一〇名前後の集会であるにもかかわらず、被申請人は分会を正当な労働組合と認めていないというだけの理由でその使用を不許可としたとの事実が認められるから、分会が被申請人の企業施設内で活動を行うことの必要性をも考えれば、被申請人が板垣らに対し食堂の使用を許さなかつたことは権利の濫用にあたるというのが相当である。

ニ よつて、板垣らが前記のとおり被申請人の食堂を分会の集会に使用したことは正当な組合活動であると認めることができるから、右の行為は就業規則四五条六号、六三条本文及び同条八号所定の懲戒事由に該当しないこととなる。

(三) 申請人両名に共通の解雇理由について

(1) 企業秘密の漏洩

イ 被申請人は、申請人らは、アヅミ労組の執行委員をしていた昭和五八年九月から同五九年八月ころの間に、被申請人から外部に持ち出さないことを条件として交付を受けた決算書及び経費明細書を、全大阪金属産業労働組合(以下全大阪という。)の一組織である中小企業相談センターの経営分析委員会に交付、開示し、経営分析を依頼して、被申請人の重大な企業秘密を外部に漏洩したから、右行為は就業規則六三条一〇号所定の懲戒事由に該当すると主張する。

ロ そこで、まず、事実関係であるが、疎明資料及び審尋の結果によれば、申請人らが、被申請人から交付を受けていた計算書類のうち、貸借対照表と損益計算書を前記中小企業相談センターに交付・開示した事実はこれを認めることができるが、本件全疎明資料によるも、申請人らがそのほかに費用管理表その他の経費の明細を記した書類を外部に交付、開示した事実は、これを認めることはできない。

ハ ところで、貸借対照表は、株主総会の承認を得た後は遅滞なくこれを公告することを義務づけられている書類である。また、損益計算書も、株主や会社の債権者に対してこれを閲覧させることを義務づけられている書類であつて、立法論としてはこれを公告させることも考えられているものである。さらに、疎明資料によれば、申請人らが右書類を中小企業相談センターに交付したのは、当時アヅミ労組が取り組んでいた合理化反対闘争の理由を基礎づけるためであつたことが明らかである。

ニ よつて、外部へ持ち出された計算書類の性格及びその目的を考えれば、申請人らの前記行為は何ら懲戒事由としての企業秘密の漏洩(就業規則六三条一〇号所定)には該当しないというのが相当である。

(2) 被申請人に対する誹謗中傷

イ 被申請人は、申請人らは、昭和六〇年六月ころ、別紙二記載のビラ(本件ビラ一という。)を作成し、被申請人の構内において従業員に無許可でこれを配布したが、右ビラは虚偽の事実を記載することによつて被申請人を不当に誹謗中傷するものであり、被申請人の名誉・信用を著しく失墜させるとともに、従業員に被申請人に対する不信感を醸成させ、被申請人の企業秩序を著しく紊乱したものであるから、これは就業規則六三条三号、六号、八号及び九号所定の懲戒事由に該当すると主張する。

ロ 疎明資料及び審尋の結果によれば、申請人らが、板垣に対する浜松営業所への配転命令(以下板垣浜松配転命令という。)を不当と考えて、これに対する闘争の決意を明らかにし、被申請人の従業員らに支援を求める目的で本件ビラ一を作成し、昭和六〇年六月二〇日の昼休みに会社構内でこれを配布した事実はこれを認めることができる。そして右ビラは、板垣浜松配転命令を当然に違法視しているほか、被申請人が右配転命令を一時留保し、営業研修を命ずるにとどめたのに、これを「何の変化もない。」と断定しきつているのであつて、また、待野も、直接の問題ではない管理職の待遇などについて、係長として物が言えない、管理職の置かれている立場がひどい、サービス残業を押しつけられ、みんなが怖いといつて頭を引つ込めている、安心して働けないなどと論難を加えているのであるから、被申請人の当局者がこれを読んで腹立ちを覚え、不快感を感じたであろうことは想像にかたくない。

ハ しかし、本件ビラ一をもつて、虚偽の事実が記載されているとはいうことができない。けだし、本件ビラ一には事実に関する記載はほとんどなく、その中心をなすのは申請人らの板垣浜松配転命令とその交渉経緯ならびに管理職の待遇などについての所感とこれに対する闘争の決意なのであつて、事実に関する記載で問題になりうるのは件外吉原某の退職に至る経緯のみであるところ、疎明資料によれば、同人が配転命令を受けたことをきつかけにその交渉過程で退職をしていつた事実を認めることができ、右に関する記載も概ね客観的な事実関係に合致しているということができるからである。

ニ そして、本件ビラ一中の評価に関する部分については、一定の事実関係についてどのような評価を持つかは各人の自由であり、また、それを表現することも自由であることを考えれば、その内容や表現が著るしく不当なものでない限り懲戒事由たる名誉毀損(就業規則六三条九号所定)にはあたらないと解するのが相当であるところ、先に(二)(1)ニbに述べた経緯に鑑みれば、申請人が板垣浜松配転命令を不当労働行為であつて違法であると考えたことにもそれなりの理由があり、本件ビラ一の表現も穏当を欠くとまではいうことができないから、被申請人の名誉、信用はこれによつては毀損されたということができない。

ホ なお、本件ビラ一配布行為が就業規則六三条三号、六号及び八号に該当しないかについては、なお検討の余地があるが、先に述べたとおり、同条三号及び六号は限定的に解釈するのが正当であり、また、同条八号については、形式的にはこれに該当する行為であつても、これが企業の秩序、風紀を乱すおそれのない特別の事情がある場合にはその違反にはならないと解すべきものであるところ、先に述べたとおり、本件ビラ一は昼休みに極めて平穏な態様で配布されたものであり、その内容や表現にもとりたてて問題とすべき部分はないのであるから、本件では右の特別の事情があるというべきであり、従つてこれは前記諸規定に違反しないこととなる。

ヘ よつて、申請人らが本件ビラ一を作成して配布した行為には懲戒事由該当性が認められない。

(3) 松尾総務部長に対する暴言、つるしあげ

イ 被申請人は、申請人らは、全大阪の執行委員らと呼応し、昭和六一年五月一五日午後〇時一〇分ころ、被申請人の会社構内において、被申請人の許可を得ることなく、従業員以外の者を含む三〇名規模の集会を開催し、件外松尾総務部長を囲んで、被申請人が待野との間の第一次仮処分の決定を遵守し、また、板垣を原職に復帰させるよう求めて、三〇分以上にわたつて圧力をかけたのであるから、右行為は就業規則四五条六号、六三条本文及び同条八号所定の懲戒事由に該当すると主張する。

ロ しかし、疎明資料及び審尋の結果によれば、申請人らが、被申請人の主張する日時に、分会の者及びこれを支援する全大阪の者らと集つて、まず代表数名が松尾部長の席を訪れ、その指示に従つて被申請人の本社ビル前において同人と会見し、申請人らを元の職場に戻すよう要請をした後、再び松尾部長の指示に従つて散会した事実を認めることができるが、本件全疎明資料によるも、松尾部長に対し暴言を加えたり、同人をつるし上げたりしたとの事実についてはこれを認めることができない。

ハ してみると、申請人らの本件要請行動は、これを会社構内における無許可の集会と認めることができるとしても、昼休みに行われた平穏な態様によるもので、これを正当な組合活動であると評価することができ、企業の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情があつたということができるから、右事実には懲戒事由該当性を認めることができない。

(4) 施設管理権の侵害と名誉、信用に対する毀損

イ 被申請人は、申請人らは、被申請人の警告を無視し、昭和六二年二月一一日、被申請人の敷地内のブロック壁に、公道に面する態様で組合旗三本と畳二畳の大きさの看板(以下立看板等という。)を設置し、被申請人が自力で右物件を撤去したところ、これに抗議するため、別紙三記載のビラ(以下本件ビラ二という。)を作成し、同月一七日午前七時半ころから同八時ころまでの間に被申請人の会社正門前においてこれを従業員に配布し、さらに、同月二六日午後一時ころ大阪地方裁判所構内において一般の公衆にこれを配布したものであるところ、右ビラは、本件立看板等撤去を窃盗であると断定する等事実無根の記載を含んでおり、これによつて被申請人の名誉、信用は著るしく毀損されたものであるから、右行為は就業規則六三条三号、六号、八号及び九号所定の懲戒事由に該当すると主張する。

ロ 申請人らが立看板等を被申請人の構内に設置した事実及び本件ビラ二を作成して配布した事実は当事者間に争いがない。

ハ しかし、疎明資料及び審尋の結果によれば、申請人らが立看板等の設置に至つた経緯として、以下の事実を認めることができる。

a 申請人らは、昭和六一年三月一三日に分会を結成し、同日被申請人に対してこれを通知するとともに、就業時間中の組合活動の取扱等を議題とする団体交渉の開催を申し入れたが、被申請人は分会を労働組合と認めないとして団体交渉を拒否した。

このため、全大阪は、昭和六一年三月二四日大阪府地方労働委員会に対して不当労働行為救済の申立(昭和六一年(不)第一一号団体交渉拒否事件)を行ない、同年八月二〇日、右地方労働委員会は、被申請人の団交拒否を不当労働行為と認め、団交応諾命令を発した。

ところが、被申請人は右命令に違反して団交拒否を継続し、同年九月二四日、中央労働委員会が行なつた右地労委命令の履行勧告にも従わず、団交拒否を継続した。

b 次に昭和六一年一一月四日、全大阪及び分会は被申請人に対して、同年年末一時金に関する団体交渉を申し入れたが、被申請人は前記aと同様の理由で団体交渉を拒否した。

このため、全大阪は、同年一一月二二日大阪府地方労働委員会に対して不当労働行為救済の申立(昭和六一年(不)第七一号団体交渉拒否事件)を行ない、昭和六二年二月三日右地方労働委員会は、被申請人の団交拒否を不当労働行為と認め、団交応諾を命じると共に、一メートル×二メートル大の白色木板に全大阪及び分会に対する謝罪文を明瞭に墨書して、被申請人の会社事務所正面付近の見やすい場所に一〇日間掲示すべきことを命じた。

ところが、被申請人は、この命令にもかかわらず、団体交渉を拒否し続け、謝罪文も掲示していない。

ニ してみると、申請人らの「会社は労組法七条と地労委命令を守り、団交に応じろ」などと記した本件の立看板等設置行為は、被申請人の前記の対応に抗議するために行つた正当な組合活動であると認めることができ、その態様も、公道に面しているとはいうものの、被申請人の敷地を利用した部分は極めて小さく、しかも休日に行われたものであつて、企業の秩序、風紀を乱すおそれのない特別の事情があつたということができるから、右行為は、就業規則六三条八号その他の懲戒事由には該当しないこととなる。

ホ 次に、本件ビラ二は、疎明資料によれば、その事実関係に関する部分は概ね客観的な事実に合致していることを認めることができるものの、被申請人の立看板等持ち去り行為を窃盗と断定し、「盗人たけだけしい」とまで表現する点においていささか穏当を欠いており、被申請人の当局者がこれに腹立ちと不快感を覚えたことには無理からぬ面がある。しかし、事実をどう評価するかが基本的には各人の自由であることは先に述べたとおりである。また、本件では、すでに述べてきたとおり、被申請人の側に分会及び申請人らのこの間の行動に対する対応等についてるる問題があつたことを考慮しないわけにはいかない。すなわち、申請人らとしては、待野との間の第一次仮処分についてもこれを守つてもらえず、中労委の履行勧告等にも従つてもらえなかつたのであるから、これに対して正当な組合活動として設置した立看板等を持ち去られたときには、法を守らない態度の現われであるとして、これを窃盗と評価し、その旨の表現を行つたとしても、やむをえない面があるというべきなのである。闘争がエスカレートしてきていたこと、その原因のかなりの部分は被申請人の側にあることを考えれば、本件ビラ二の作成・配布行為をもつてしては、懲戒事由としての名誉・信用毀損行為であるとはいうことができず、先に述べたような当裁判所の就業規則六三条三号及び六号についての解釈態度からすれば、これを右両号にあたるともすることができないのである。

ヘ よつて、被申請人の施設管理権の侵害と名誉・信用に対する毀損行為という主張についても、懲戒事由該当性を認めることができない。

(四) 従つて、被申請人の主張する解雇理由のうち、待野が配転命令を拒否したとの点はそもそも解雇理由とすることができず、その余の理由はいずれも懲戒事由該当性を認めることができないから、本件解雇は、その余の点について判断するまでもなく無効である。

よつて、申請人らは、被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあるものと一応認められる。

4  板垣の賃金

疎明資料及び審尋の結果によれば、板垣の解雇当時の賃金は、諸手当等も含めて一か月合計少くとも金二八万円をこえていたこと、賃金は毎月二〇日締めの二五日払いであつたこと、被申請人は解雇の意思表示以降板垣を従業員と認めず、昭和六二年三月二五日支払期以降の賃金を支払つていないことが認められる。

よつて、板垣は被申請人に対し既往の分として昭和六二年三月二五日支払期から同年七月二五日支払期までの五か月分金一四〇万円及び同年八月から毎月二五日限り金二八万円の支払を受ける権利を有することが一応認められる。

二  保全の必要性について

1  待野について

待野に対しては、第一次仮処分の決定において、待野配転命令の効力に関する本案訴訟の第一審判決言渡までの間毎月二五日限り一か月金二三万二六九七円の金員を仮に支払えとの決定がなされている。しかし、右は、被申請人が待野配転命令を有効として、待野の本社での就労を拒否したことに基づくものであり、本案判決においてこれが無効であるとの判断がなされたとしても、なお同人は他の解雇事由によりすでに懲戒解雇されているとして、その支払を拒否される可能性がある。よつて、現時点において、本件の待野に対する懲戒解雇を無効とし、同人が被申請人の従業員たる地位にあることを仮に定めておくことは後の紛争を防止するためにそれなりに有用なことである。確かに、直接賃金の仮払を求めるのでなく、地位保全のみを求めてする仮処分の適法性、有用性は議論のあるところではあるが、本件のように、すでに被申請人の就労拒否により解雇以前に賃金仮払の決定がなされている事案では、申請人としては、地位保全の仮処分しか求めえないのであり、このような場合には地位保全の仮処分を認めることにより、後の紛争を防止することを期待せざるをえないから、これにはその必要性を認めるのが相当である。

2  板垣について

疎明資料及び審尋の結果によれば、板垣は被申請人からの賃金収入によつて生計を維持していた者であり、被申請人から賃金の支払を停止されたことによりたちまちその生活は危殆に瀕したこと、従つて、本件解雇後は雇用保険の仮給付とアヅミ分会からの借金によりその生活を行つていることが認められるから、賃金の仮払については、過去の分を含めてその必要性が認められる。しかし、同人については、待野とは異なり、直接賃金の仮払を求めることが可能なものであるところ、それ以外に労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める必要性については、本件全疎明資料によるもこれを認めることはできない。なお、賃金仮払の必要性は、現段階では、本案の第一審判決言渡しのときまでとするのが相当である。

三  結論

よつて、待野の申請は理由があるから、事案に照らし保証を立てさせないでこれを認容し、板垣の申請は、金一四〇万円及び昭和六二年八月から本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月二五日限り金二八万円の仮払を求める限度で理由があるから、やはり保証を立てさせないでこれを認容し、その余は失当として却下し、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 藤本久俊)

別紙二、三<省略>

別紙 一

第四章 服務心得

第四五条 従業員は会社の諸規程及び指示に従つて職務を遂行し、左の各号の一に該当する行為をしてはなりません。

一 会社の承認を受けないで在籍のまま他に雇傭されること

二 会社の名声信用を傷つけ機密又は公表していない文書事項を洩らす事等に依つて会社の不利益を謀ること但し、正当な組合活動の場合はこの限りではありません

三 業務上の権限を超え又はこれを濫用して専断的な行為をすること

四 業務に関し第三者から報酬を受け又は報酬の約束をする等自己の利益を図ること

五 所属上長の許可を受けないで、濫りに自己の職場を離れ又濫りに他人の職場に立入ること

六 業務命令若しくは会社の諸規定指示に従わないこと。但し正当な組合活動の場合はこの限りではない

七 私用の為に会社の名称又は物品を使用すること

八 職場又は事業場内に於いて、窃盗・暴行・脅迫・賭博等の不法行為をし、又は喧嘩口論・泥酔等常規を逸した行為をし若しくは著しく風紀を紊すこと

第四六条 従業員は会社が業務運営上必要がある場合に転勤を命じ或は職場又は職種の変更を命じた時は、これに従わなければなりません。但し、事情がある時はこれを申述べることが出来ます。

第二節 懲戒

第六二条 懲戒は左記の六種類とします。又場合に依つては併科することがあります。

一 譴責   始末書を提出させて将来を戒めます

二 減給   始末書を提出させて一回につき平均給与の半日分を減給します。但し、その減給総額が当月支払給与の総額の一〇%を超えません

三 降職   現在の職位より格下げします

四 出勤停止 七日以内とし、その期間中の給与は支払いません

五 諭旨退職 退職願いを提出する様勧告し之を提出しない時は懲戒解雇します

六 懲戒解雇 労働基準監督署長の認定を受け予告期間を設けることなく且つ予告手当を支給せず即時解雇します

第六三条 従業員は本規則第四五条・第四六条の服務心得に反する行為をなし又左記の各項の一つに該当する時は懲戒を受けます

一 会社の諸規則に違反した者

二 重要な経歴をいつわり若しくは不正な方法で雇入れられた者

三 会社の業務運営をさまたげ故意に非協力な者又は直接間接に社業を乱し或はその恐れの充分ある者

四 正当な理由がなく無届欠勤七日以上に亘つた時又、しばしば無届欠勤・遅刻・早退等をなし再三注意されても改めない者

五 故意又は重大な過失により会社に損害を与えた者

六 会社の秩序及び風紀をみだし又はみだそうとした者

七 許可なく会社の物品を持ち出し又は持ち出そうとした者

八 会社の許可なく会社施設内に於いて文書・図面を配布又は掲示し、若しくは会合等を行つた者

九 会社の名誉・信用を傷つけた者

十 会社の機密又は不利益な事項を漏らし又は漏らそうとした者

一一 会社の承認を得ずして在籍のまま他所へ雇入れられた者

一二 会社に於ける身分・地位・職権を利用して金銭或は物品を授受し又はその他の私利を計つた者

一三 正当な理由なく転勤又は職場、職種の変更等の業務命令を拒んだ者

一四 火災予防上必要な注意を怠つた者

一五 安全衛生に関する指示に従わなかつた者

一六 刑事上の罪に該当する行為のあつた者

一七 その他前項に準ずる行為のあつた者

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例